原油といえば、多くの人がサウジアラビアを連想するのではないでしょうか。しかし、最新のデータによると、世界の原油生産量トップはアメリカで、サウジアラビアは2位。なぜ、実際の数字とは裏腹に、サウジアラビアのイメージがこれほどまでに強いのでしょうか?今回は、この疑問について探っていきます。
実際の原油生産量ランキング
まずは実際のランキングを見てみましょう。
原油生産量ランキング
- アメリカ:1,936万バレル(シェア20.2%)、前年比8.5%増
- サウジアラビア:1,139万バレル(シェア11.8%)、同6.6%減
- ロシア:1,108万バレル(シェア11.5%)、同1.1%減
- カナダ:565万バレル(シェア5.9%)、同1.4%増
- イラン:466万バレル(シェア4.8%)、同18.2%増
- イラク:435万バレル(シェア4.5%)、同3.6%減
- 中国:420万バレル(シェア4.4%)、同2.1%増
- アラブ首長国連邦:392万バレル(シェア4.1%)、同2.5%減
- ブラジル:350万バレル(シェア3.6%)、同12.5%増
- クウェート:303万バレル(シェア3.0%)、同4.2%減
※2023年、JETRO(日本貿易振興機構)より
このように実際の1位はアメリカです。その他ロシアや中国など、中東地域以外からも多くランクインしています。
原油生産の歴史とランキングの変遷
次に、原油生産の歴史とランキングの変遷についても見ておきましょう。
原油生産の歴史
19世紀後半
アメリカのペンシルベニア州で、世界初の商業的な油田が発見され、石油産業が本格的にスタート。
20世紀前半
中東地域で巨大な油田が発見され、中東諸国が世界の石油生産の中心となっていく。
第二次世界大戦後
石油需要が急激に高まり、石油輸出国機構(OPEC)が設立される。
1973年
第一次オイルショックが発生し、石油価格が急騰。エネルギー危機が世界を襲う。
20世紀後半
非OPEC産油国の生産量が増加し、世界の石油供給構造が変化。
21世紀
シェールガス革命により、アメリカの石油生産が復活し、世界のエネルギー市場に大きな影響を与える。
原油生産量ランキングの変遷
20世紀前半
アメリカが世界の石油生産をリード。
20世紀中盤~21世紀初頭
中東諸国(サウジアラビア、イラン、イラクなど)が上位を占める。
近年
アメリカがシェールオイル革命により、再び世界のトップ生産国の座を奪還。サウジアラビア、ロシアがそれに続く。
確かにサウジアラビアが牽引してきた時代もありますが、世界初の油田や近年のランキングを見るとアメリカがリードしているのも事実です。
なぜ「原油=サウジアラビア」なのか
ではなぜ多くの人が「原油」と聞くとアメリカではなくサウジアラビアを思い浮かべてしまうのでしょうか。いくつか要因を挙げていきます。
日本における地位
日本は、長年にわたりサウジアラビアから安定的に原油を輸入してきました。この長期的な取引関係は、両国間の経済的な結びつきを強め、日本国民の意識の中に「サウジアラビア=原油の供給源」というイメージを深く根付かせています。また、日本の学校教育では、地理や社会の授業でサウジアラビアが石油産出国として紹介されることが多く、生徒たちは幼い頃からサウジアラビアと石油を結びつける学習をします。
アメリカの場合、石油産業だけでなく、製造業やサービス業など様々な産業が発展しています。そのため、日本においては、アメリカは経済大国、技術大国といったイメージが強く、石油産出国としてのイメージは比較的薄くなっています。
経済構造の違い
サウジアラビアでは経済が石油産業に大きく依存しており、石油収入が国家予算の大きな部分を占めています。そのため、「石油王国」というイメージが強く、石油生産が国家のアイデンティティと深く結びついています。
一方、先述の通りアメリカは多様な産業を持つ経済大国であり、石油産業は重要な産業の一つではありますが、経済全体に占める割合はサウジアラビアほど大きくありません。そのため、石油生産が国家のイメージの中心にはなっていないのです。
エネルギー政策の違い
サウジアラビアは国策として石油生産を推進し、世界のエネルギー市場に大きな影響力を行使してきました。そのため、石油生産大国としてのイメージが強化されてきました。
一方でアメリカのエネルギー政策は多岐にわたっており、石油だけでなく、天然ガス、再生可能エネルギーなど、様々なエネルギー源の開発を進めています。そのため、石油一辺倒というイメージは薄く、エネルギーミックス型の国家というイメージが強いです。
メディアの影響
世界のニュースで、石油価格の変動や中東情勢が報じられる際、サウジアラビアが頻繁に話題に上ります。この繰り返しの報道によって、「原油=サウジアラビア」というイメージが定着していると考えられます。
アメリカは、経済、政治、文化など、様々な分野で世界をリードしており、メディアの報道も多岐にわたります。石油産業に関するニュースは、その一部に過ぎないため、人々の意識に強く印象付けられる機会が少ないと言えるでしょう。
また、中東を舞台にした映画や小説などにおいて、サウジアラビアが石油産出国として描かれることが多く、そのイメージを固定化させています。
文化的なイメージ
サウジアラビアの莫大な石油収入は、豪華な生活や豪勢な建物など、独特の文化的なイメージを生み出しました。このイメージが、サウジアラビアを「石油王」の国という印象に結び付けているのかもしれません。
また、サウジアラビアはイスラム教の聖地メッカとメディナを有しており、イスラム世界における宗教的な権威も持っています。この宗教的な側面も、サウジアラビアのイメージを大きく左右しています。
サウジアラビアが長年にわたって「石油王国」としての地位を確立してきたのに対し、アメリカは多様な産業を持つ経済大国であり、石油生産は国家のイメージの中心にはなっていないのです。
サウジアラビアが原油大国になった理由
元はアメリカがリードしてきた原油生産ですが、サウジアラビアはどのようにして原油大国となっていったのでしょうか。理由をいくつか挙げてみます。
巨大な油田の発見
20世紀初頭、サウジアラビアの砂漠地帯で世界最大級のガワール油田をはじめとする巨大な油田が次々と発見されました。これらの油田は、世界でも類を見ない規模と質の高い原油を産出することが可能でした。
安定した政治体制
サウジアラビアは、絶対王政という安定した政治体制を築き上げてきました。この安定した体制は、長期的な視点で石油開発を進めることを可能にし、外国からの投資を呼び込むことにも繋がりました。
外国資本との連携
アメリカのスタンダード・オイル(現在のエクソンモービル)などの国際石油資本が、サウジアラビアの石油開発に積極的に参画しました。これらの企業の技術力や資金力が、サウジアラビアの石油産業の発展を加速させました。
OPECの設立と活動
サウジアラビアは、石油輸出国機構(OPEC)の創設メンバーであり、その中核的な役割を担ってきました。OPECは、加盟国の石油政策を調整し、世界の石油市場に大きな影響力を行使することで、サウジアラビアの地位を確固たるものにしました。
インフラ整備
石油収入を基に、サウジアラビアは港湾、パイプライン、精製所などのインフラを整備し、効率的な石油生産・輸送体制を構築しました。
さまざまな要因が重なり、サウジアラビアは原油大国へと成長していきました。
まとめ
実際のランキングとは異なり、「原油=サウジアラビア」のイメージが定着したのには、さまざまな要因がありました。サウジアラビアが石油王国としてのイメージを強く持っているのに対し、アメリカは多様な産業を持つ経済大国であり、石油産業は国民経済の一部分にすぎないという点が、大きな違いと言えるでしょう。
参考
- 2023年の中東での石油生産、前年比1.6%減の日量3,036万バレル – JETRO(日本貿易振興機構)
- 石油産業の歴史 – ENEOS
- 日本の原粗油輸入相手国上位10カ国の推移 – 税関ホームページ
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