1875年11月15日、スウェーデンの小さな町ラーゲルルンダで、鉄道史に刻まれる重大な列車事故が発生しました。この事故は単なる悲劇にとどまらず、現代の交通機関における安全基準の確立に多大な影響を与えるものとなりました。特に、この事故をきっかけに色覚異常(色弱)への理解が深まり、鉄道業界やその他の分野での対策が進む契機となりました。今回は、この事故がどのように色覚に関する研究や対策の進展を促したのかを詳しく紹介します。
ラーゲルルンダ列車事故の概要

1875年11月15日、スウェーデン南部ラーゲルルンダで夜行列車同士が正面衝突する事故が発生しました。
事故の発端
- 北行き列車(ストックホルム発マルメ行き)
- 南行き列車(マルメ発ストックホルム行き)
両列車は当初、リンシェーピング駅で00時27分にすれ違う予定でした。しかし、南行き列車が1時間遅れで到着するとの電報を受け、駅の車掌はすれ違い場所をリンシェーピングからさらに南のバンクベルク駅(後のバイキングスタッド駅)に変更しました。
信号と誤解
バンクベルク駅では、北行き列車が側線に入り、南行き列車を本線で待つよう準備が進められました。しかし、北行き列車の運転士には新たな集合場所が伝わっておらず、列車はリンシェーピングを目指して予定以上の速度で運行していました。
駅員は信号や提灯で注意を促しましたが、運転士には気づかれず、列車はそのまま通過しました。
衝突の経緯
南行き列車もまた、対向列車がバンクベルクで停車しているという情報を知らず、猛スピードで進んでいました。運転士は対向列車のヘッドライトを見て衝突の危険を察知し、ブレーキをかけるとともに列車から飛び降りました。しかし、止めるには間に合わず、両列車は暗い夜のカペラン橋付近で正面衝突しました。
衝突の結果
両機関車は完全に破壊され、多くの車両も大破しました。死者は9名で、その中には北行き列車の運転士も含まれます。さらに3名が重傷を負い、軽傷者は多数にのぼりました。
原因の初期仮説
事故直後、原因としてまず挙げられたのは、濃霧による視界不良や、信号装置の技術的な不具合でした。また、運転士の疲労や不注意が疑われ、当初は人的ミスとされていました。しかし、これらの仮説を追及する中で、信号システムには問題がなかったことが判明し、より詳細な調査が進められました。
運転士の色覚異常の判明
後の調査の過程で、運転士が赤信号(止まれ)と緑信号(進め)を誤認した可能性が指摘されましたが、当の運転士は事故で亡くなっているため、本人の色覚検査はできませんでした。しかし他の鉄道会社の従業員266名に色覚検査を行ったところ、13名の色覚異常者が検出されました。これにより、色覚異常が事故に関与している可能性が高まり、運転士の色覚が鉄道安全において重要な要素であることが広く認識されるようになりました。
色覚異常が引き起こすリスク
色覚異常は、日常生活において気付かれにくいことがあります。しかし、鉄道のような安全が極めて重要な分野では、小さな認識ミスが大事故につながる可能性があります。ラーゲルルンダの事故は、色覚異常と安全性というテーマを広く認識させる契機となりました。
色覚異常にはさまざまなタイプがありますが、中でも赤と緑を区別する能力が低い赤緑色弱は最も一般的です。このような色覚特性を持つ人々にとって、鉄道信号の赤や緑は識別が難しい場合があり、運転士や信号管理者にとっては致命的な問題となりえます。
事故をきっかけに進んだ対策
この悲劇を受け、スウェーデンだけでなく他国の鉄道業界も含め、さまざまな対策が進められました。
色覚検査の義務化
ラーゲルルンダ事故をきっかけに、運転士や鉄道関連従事者に対する色覚検査が義務化されました。それまで色覚に関する検査は行われていなかったか、非常に限定的なものでしたが、この事故を機に、採用時や定期的な検査が標準化されました。
信号設計の改良
信号灯の設計にも大きな変化が見られました。
- 色の識別以外の要素
信号の形状や位置、明滅の仕方など、色以外の情報も含めて信号を認識できるよう改良が進みました。 - 光の強さの調整
色弱の人でも識別しやすい光の波長を採用することで、誤認を防ぐ取り組みが行われました。
色覚研究の進展
事故を契機に、色覚に関する科学的研究が一気に進みました。これにより、色覚異常の特性や種類がより深く理解され、視覚検査の方法が改良されるだけでなく、他分野での色彩設計にも影響を与えました。
他分野への波及効果
ラーゲルルンダ事故は、鉄道業界だけでなく、航空、海運、さらには日常生活のさまざまな場面にも影響を及ぼしました。
航空・海運業界
航空機の計器や海上の信号灯も、色覚異常を持つ人が正しく認識できる設計が求められるようになりました。例えば、航空管制では色だけでなく形や音声による指示も併用されています。
公共インフラ
信号機や案内標識においても、色覚に配慮したデザインが導入されるようになりました。現代では、色だけでなく形や文字、点滅などが組み合わされることで、誰でも理解しやすい設計が進んでいます。
教育と普及活動
色覚異常への理解を深めるための教育活動も広がりました。学校教育において色覚検査が導入されるとともに、色覚に関する知識が広く共有されるようになりました。
現代の教訓
ラーゲルルンダ列車事故は、色覚異常という一見目立たない個人的特性が、大規模なシステム全体の安全性に影響を与える可能性を示した重要な事例です。現代では、ユニバーサルデザインという考え方が広まり、あらゆる人が平等に利用できるインフラや製品が求められるようになっています。
例えば、交通機関では以下のような取り組みが進んでいます。
- 信号の色と形を併用した設計
- 視覚以外の手段(音声、振動)を活用した通知
- 色覚異常を考慮した地図や案内表示
まとめ
1875年のラーゲルルンダ列車事故は、多くの犠牲を伴う悲劇でしたが、それをきっかけに色覚異常への理解が進み、鉄道業界をはじめとするさまざまな分野での安全対策が大きく前進しました。この事故の教訓は、単なる過去の出来事ではなく、今なお私たちの社会に影響を与え続けています。
色覚は人によって異なり、それを前提にした設計や仕組みが重要です。この事故が残した教訓を生かし、誰もが安全に生活できる社会を目指していきましょう。
参考
- ラーゲルルンダ列車事故 – wikipedia(スウェーデン語)
- 『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』(ハヤカワ文庫) – ガイ・ドイッチャー
(言語や色覚に関しての本で、この事件についても記述がありました。非常に面白いのでオススメ)
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