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金魚すくいは日本発祥じゃない?発祥地がよく誤解されるもの5選

雑学
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私たちの身の回りには、発祥地を誤解されがちなものが意外とたくさん存在します。例えば、「金魚すくい」は日本発祥だと思っていませんか?なんと金魚すくいは外国から伝わった文化だったんです。この記事では、そんな「えっ、そうだったんだ!」なトリビアを5つご紹介します。

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金魚すくい:○○からやってきた、涼を感じる遊び

金魚すくいといえば、日本の夏の風物詩としておなじみの遊びですよね。縁日の屋台で、金魚すくいの鉢を見かけたことがある人は多いのではないでしょうか。しかし、実は金魚すくいは日本発祥ではなく、中国から伝わった文化だったのです。

金魚の養殖が盛んな中国では、明朝時代に金魚すくいが娯楽として楽しまれていたという記録があります。当時は、紙製の枠に薄い膜を張った「金魚瓢」と呼ばれる道具を使って金魚をすくい、競争を楽しんでいたようです。

日本では室町時代に中国から金魚が伝来し、最初は高級品として扱われていました。江戸時代には養殖が可能になり、次第に庶民の間にも観賞用として広まりました。江戸時代後期には金魚すくいが始まり、明治時代後期ごろからすくった金魚の持ち帰りが可能になったようです。

意外と長い! 金魚すくいの歴史とは? – 和のすてき
https://wanosuteki.jp/archives/22900

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数独:実は○○生まれ、日本が世界に広めたパズル

数独は、9×9のマス目に1から9までの数字を1つずつ入るように配置していくパズルです。数独が日本発祥だと思っている人は多いのではないでしょうか?実は、数独の起源はアメリカにあります。

1979年、アメリカの建築家であるハワード・ガンズ氏が「ナンバー・プレイス」という名前でパズルを考案しました。それが、パズル雑誌で有名な日本の書店の社長の目に留まり、1984年に「数独」という名で紹介されました。

当時はまだ一部の人々にしか知られていませんでしたが、2000年代に入ると英タイムズ紙に「Su Doku」の名で掲載されブームとなり、その後世界中に広まりました。今では、数独は世界中で楽しまれているパズルの一つとなっています。このように、数独はアメリカ生まれですが、日本が世界に広めたパズルと言えるでしょう。

「数独」の国際的な普及に思う – 静岡産業大学
https://www.ssu.ac.jp/relay-essay/20101116/

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天ぷらの起源:○○から日本へ伝わった南蛮料理

天ぷらは、日本料理として広く親しまれています。(知っている人が多いかもしれませんが、)天ぷらの起源は日本ではなく、ポルトガルから伝わった南蛮料理だったのです。

揚げ物自体は日本にも古くから存在しており、奈良時代ごろに米粉を使用した揚げ物が中国から伝わりました。小麦粉を使用した西洋風の揚げ物は、室町時代にポルトガルのカトリック宣教師によって伝えられました。

日本の天ぷらの起源とされている「長崎天ぷら」は、安土桃山時代にポルトガル人によって長崎に伝えられたものとされています。当時は味の濃い衣を使用しラードで揚げ、何もつけずに食べていたようです。17世紀には関西に伝わり、ラードではなくごま油などの植物油で揚げるようになりました。当時の日本では油は高級品であり、天ぷらを食べるのは裕福な人々の特権でした。

江戸時代の幕開けとともに天ぷらも江戸に進出し、油の生産量も増えたことで庶民の間にも広まりました。江戸では立ち食いの天ぷら屋台もでき、ますます大衆に広がっていきました。このころには薄味の衣を使用し、天つゆをつけて食べていたようです。

語源については諸説ありますが、ポルトガル語の「tempêro(調理、調味料)」に由来するとする説が有力なようです。

天ぷらの歴史 – 昭和産業
https://www.showa-sangyo.co.jp/knowlege/tempura/learn/

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フレンチフライ:実は○○生まれ、フランスが広めた料理

ファストフード店のサイドメニューとしておなじみのフレンチフライ。名前の通り、フレンチフライはフランス発祥だと思っている人も多いのではないでしょうか?実はフレンチフライの起源はベルギーなんです。

ベルギーのムーズ川付近に住む人々は、日常的に川魚を食べていました。しかし17世紀後半、厳しい冬の寒さで川が凍結し、川魚の不漁に見舞われてしまいました。そこで代用品として細切りにしたジャガイモを揚げ、飢えをしのぎました。これが好評で、フレンチフライの原型となったとされています。

ではなぜ「フレンチ」フライと呼ばれるようになったのでしょうか?第一次世界大戦中、ベルギーに駐留していたアメリカ兵士たちは、現地の人々が食べている揚げポテトを気に入ります。駐留していたのがフランス語圏だったため、彼らはそれを「フレンチフライ」と呼びました。

戦争終結後、アメリカ兵士たちが帰国するとともに、フレンチフライはアメリカに持ち込まれました。そして、ファストフード店の普及とともに、世界中に広まっていったのです。

当のベルギー国内では「フリッツ」または「ベルジャンフライ」、フランス語圏では「フリット」、アメリカ英語では前述の通り「フレンチフライ」、イギリス英語では「チップス」と呼ばれています。

フレンチフライの本場はベルギー – Original BELGIAN FRIES
https://originalfries.eu/ja/original_fries_from_belgium_jp/

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けん玉:もっとも古い記録は○○にあった

けん玉は、日本の伝統的な玩具として広く知られています。その起源については様々な説がありますが、もっとも古い記録はフランスで確認されています。

18世紀のフランスで「ビルボケ(Bilboquet)」という遊びが存在していました。ビルボケは、けん玉に非常によく似た玩具で、手持ちの柄に付けられたカップに、ひもで繋がれたボールを投げ入れる遊びです。当時は象牙に彫刻が施されたものだったため、主に貴族や上流階級の間で楽しまれ、国王も遊んでいたようです。ビルボケの基本的な形状は、棒(柄)の先端にカップが付いており、そのカップにひもで繋がれたボールを投げ入れます。この形状と遊び方がけん玉に非常に似ていることから、フランス起源説が提唱されました。

日本では19世紀初頭に類似した遊びが存在していた記録が確認されています。江戸時代の後期には、海外との交流が徐々に増え、西洋の文化や技術が日本に取り入れられることが多くなりました。この時期に、ビルボケが何らかの形で日本に伝わり、発展していったと考えられます。

現在「けん玉」として親しまれているものは、大正時代の広島県で生まれ、「日月ボール」と呼ばれていました。

けん玉の歴史 – 日本けん玉協会
https://kendama.or.jp/archives/history/

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まとめ

今回は発祥地が誤解されがちなものを5つ紹介しました。完全に勘違いしていたものや、名称からは想像がつかないものもあり、非常に面白いですね。いま目の前にあるものの起源を調べてみると、意外な事実があるかもしれません。


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