砂漠の風が吹くインド北西部。その広大な土地に、野生動物とまるで家族のように共に生きる人々がいるのをご存じでしょうか?ラジャスタン州やグジャラート州などに住む「ビシュノイ」の人々は、他のどんな民族とも異なる、独特の価値観を持ち、自然と共生する生き方を実践しています。今回は、その神秘的な生活スタイルや信念、そして動物や樹木に対する彼らの愛情について、深く掘り下げてみましょう。
ビシュノイの誕生と信仰
ビシュノイ(Bishnoi/Vishnoi)は、インドのラジャスタン州などに暮らす自然崇拝者のコミュニティです。15世紀にジョードプル出身のシュリー・グル・ジャンベシュワル(Shree Guru Jambheshwar、またはジャムブ・ジー(Jambhoji))によって創設されたとされています。彼は、「すべての命を大切にし、自然と調和して生きる」ことを重視した29の戒律を作り、それに従う生活を説きました。ビシュノイという名前は、この「29」に由来しており(ビシュ=20、ノイ=9)、信仰の基本理念を一族の名に掲げるほど、彼らの信仰と生活は一体のものとなっています。つまり、「ビシュノイ」は、特定の信仰に基づくライフスタイルを選択した人々の集まり、またはその信仰自体を意味します。
ビシュノイの戒律は、単なる宗教的な教義にとどまらず、社会的なルールとしての役割も果たしており、彼らの生き方そのものを形成しています。例えば「殺生の禁止」「肉食の禁止」「飲酒の禁止」などがあり、動物や植物への敬意を重んじる精神が徹底されています。
神聖視される動物たち
ビシュノイの村に足を踏み入れると、目の前に広がるのは一風変わった光景です。人間が行き交う路地や家々の周りを、孔雀やブラックバック、ガゼル、水牛、鹿などの動物たちが自由に歩き回っています。これらの動物たちは、ビシュノイにとってただの「野生動物」ではありません。むしろ、彼らにとっては「神聖な存在」であり、日々の生活の一部なのです。
特にブラックバック(インドガゼル)は、ビシュノイが最も愛する動物の一つです。この美しい動物は、彼らの信仰において象徴的な意味を持ち、村人たちは親とはぐれた子どものブラックバックに母乳を与えることもあるといいます。動物と人間が「一つの家族」として扱われ、命に対する尊敬の念がここまで徹底されている姿には、驚きを禁じ得ません。
ビシュノイの「樹木愛」
動物への愛情だけでなく、ビシュノイの価値観には「樹木愛」も深く根付いています。彼らの戒律の中には「緑の木を切ることを禁ずる」というものがあり、18世紀には、森林伐採に抗議するために300人以上のビシュノイが自ら命を絶つという事件が発生しました。これは「ケジャルリの虐殺」と呼ばれ、樹木を抱きしめて伐採から守ろうとする平和的な抵抗運動の先駆けともいえます。
彼らにとって、木々は単なる「資源」ではなく、神聖な存在であり、守るべき命なのです。ビシュノイが身をもって樹木を守り続ける姿は、森林破壊が問題視される現代社会においても、大いに学ぶべき姿勢です。
サルマン・カーンと密猟事件
ビシュノイの動物愛護の姿勢は、現代においても強く維持されています。1998年、インド映画界のスターであるサルマン・カーンが、ビシュノイの村の近くでブラックバックを狩猟していたところ、彼らの怒りを買い、密猟の罪で告発されました。裁判の結果、サルマン・カーンは有罪となり、密猟と銃器の不法所持が問題視されました。この事件は、ビシュノイがいかに動物を大切にし、そのために声を上げる力があるかを物語っています。
ビシュノイ29のルール
最後に、ビシュノイの29のルールをすべて見てみましょう。
- 出産後30日間は不浄の状態を保ち、母子を家庭内の活動から遠ざける。
- 女性が月経中は、食事の調理、水の供給などの家庭内の活動から5日間隔離する。
- 毎日日の出前の朝に入浴する。
- 人生の理想的なルール、すなわち謙虚さ、忍耐、満足、清潔さに従う。
- 毎日2回(朝と夕方)、祈りをささげる。
- 夕方にヴィシュヌ神を讃える。
- ヤグナ(ハヴァン、聖火の前で行う儀式)の遂行は、究極の自由、至福、平和、真実を得るために、欲望、怒り、貪欲、執着、自我を自分から遠ざける過程としてのホーマ(供物)を象徴するとグル・ジャンボジは言う。これは、よりよい人間になるためでもあると言われている。
- ろ過した水、牛乳、きれいにした薪を使用するか、周囲の生物を取り除いた調理用燃料を使用する。
- 完全なる誠意をもって純粋な言葉を話す。
- 心からクシャマ(許し)とカルナ(優しさ)を実践する。
- 誠意を持って慈悲深くあれ。
- 盗んではならないし、盗もうとする意図も持たない。
- 非難したり批判したりしない。
- 嘘をつかない。
- 争いや衝突に巻き込まれない。
- アマヴァーシャ(新月)には断食をする。
- ヴィシュヌ神を崇拝し、その名を唱えて崇める。
- すべての生き物に慈悲深くあり、彼らを愛す。そして、愛とは、要求したり、所有したり、期待したりしないことである。
- 緑の木を切らず、環境を守る。
- 欲望、怒り、貪欲、執着から離れる。自分の力を正しい目的のために使い、最後の息をつくまで正義のために戦う。そうすれば永遠に至る。
- 自分で食事を作って自給自足する。
- 捨てられた動物が屠殺場で殺されることを避けるために、動物のための避難所を提供する。
- 雄牛を不妊にしない。雄の子牛を酪農場から捨てない。保護するための福祉費を支払う。
- アヘンを使用したり取引したりしない。
- タバコやその製品を喫煙したり使用したりしない。
- 人間の精神や身体を弱める可能性のある麻や大麻などの中毒物を摂取しない。
- アルコールは健康を急速に損なうため、お酒を飲まない。
- 肉を食べず、常にビーガンまたは倫理的な乳製品菜食主義者であり続ける。
- 青色は藍の植物から抽出されるので、青色の服を着ない。
樹木や動物に対するルールが、衣食にまで影響を与えていることがわかります。
まとめ
現代社会では、テクノロジーの進化や経済成長が優先される一方で、自然との距離が遠のきつつあります。しかし、ビシュノイ族のように自然の一部として暮らし、動物や植物に対して感謝と敬意を持つ生き方は、持続可能な未来を築くために私たちが目指すべき方向を示しているのではないでしょうか。
参考
- About bishnoi – Bishnoi Village Safari
- Bishnoi – wikipedia(英語版)
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